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鈴木雅彦作品集 その3
 この作品は21歳くらいの時に作った連作の詩です。5遍の詩はそれ自体でも完結していますが、もともと連作を意図して、掲載した順番に創作した連作と受け取ってください。

 ずいぶん以前の作品なので、時代背景も違い、使われている言葉も変わりましたが、当時の創作意図を重視して、年号部分を修正した以外は、当時のまま作品を掲載します。ただし、画面上での見た目の効果も考えて、改行は変えてあります。

 また、この作品は声に出して読むことを前提として作られています。もともと役者が私の専門なので、どうしても音の響きを重視してしまうのです。頭の中で声に出してお読み下さい。


 連作1 レッドゾーン
 連作2 クーデターの時代
 連作3 Kへ
 連作4 インディペンデント
 連作5 燎原の火
レッドゾーン――僕らの時代は泣いている
連作1  レッドゾーン
 針をレッドゾーンに放り込んでクラッチをつなぐ 悲鳴をあげて真っ赤なGTが駆け抜ける
 今にもタイヤは煙を吐きそうだ
 キャリアにはサーフボード コンポからはロックンロール
 タンクトップをこぼれる肌は 幼い表情(かお)のシティギャル
 きらびやかにライトを浴びることこそが美しいことらしい
 額に汗することや 社会を憂えることは
 もはや青春とは呼ばれない
 スピードを競い 刹那を生きることのほうが より現実的な意味を持っている
 しかし
 背後に擦り寄る破滅の意思の ひそめた息の息づかい
 朝礼の日の丸や廊下に張られたポスターが
 思わず笑みを洩らしているではないか ”きみも自衛官に”

 クリスタルに移ろう時の流れに まどろむようなキャンパスレディ
 静かなクラブで傾けるグラスは 華やかな将来を予感させ
 腰に添えられた暖かい腕は 幸せを運ぶこうのとり
 だが グッチやエルメスに囲まれて 人生の安定を求めるならば
 それは生涯にわたる売春だ
 未来の母たるレディたちよ
 マキシムのステーキの傍らを いざなうような戦闘服が姿を隠して闊歩する
 にこやかに微笑む仮面の下で
 いずれ宿るべき子どもたちを 戦場へ送ろうとほくそ笑んでいるのが見えるじゃないか

 うなりをあげてぶっ飛んでゆくナナハンの群れ
 七生報國と書かれた日の丸が ハコ乗りのターボから突き出され
 あらゆる信号を剪り裂いてゆく
 シンナーやマリファナや
 およそ逃げ込むことのできるすべての悪夢の行き着く先が
 たとえ現(うつつ)の地獄だとしても
 それでも命と心をひきかえにして それでも行くのだろうか
 愛することや慈しむことが脅かされようとするこの時に
 歴史の彼方から妖しい呼び声の高鳴るこの時に
 翻れば
 聞こえて来ないか 君が代を斉唱する声や 大君の辺にこそ死なめ、と求める声が
 見えて来ないか 自衛隊に提出される生徒の名簿が校長室で積み上げられてゆくのが

 フライドチキンやハンバーガー片手にデートの二人
 ちょっとしたいさかいや ふとした仲直り
 ハッピィに過ぎてゆく日々が 甘い香りを醸し出し
 降り注ぐ星たちが 彼と彼女を包み込む
 でも ごらん 
 星々の間を流れる光 決して流れ星ではないんだよ
 戦場へ急ぐ輸送機さ
 ほら ごらん
 戦車に群がる子どもたち 迷彩服を着たがる子どもたち
 優しい顔の隊員たちが銃の操作を教えているよ
 寄り添うことだけで二人の世界が平和だなんて 誰も言い切ることはできやしない
 あれをごらんよ

  ”穏やかな憩いのひととき ようこそ 平和のためのスーパーウェポンショー”

 きらめくミラーボールの夜 眠りを知らぬ若者の街
 ドレスアップして アイラインを濃い目に引いて
 リズムとテンポに酔い痴れる
 拍手を浴びているのは夜のヒーロー
 ディスコクィーンのキッスを受けて 誇らしげにターンする
 でも 不思議に思わないのだろうか
 いつも華麗なステップの あの黒人兵の姿の見えないことを
 少々酒癖の悪いジョンソンも
 大口たたきのマイケルだって ちっとも来ないじゃないか
 そう 奴らは半島へ飛んだのさ
 大統領の命令だって言うけど 俺たちにゃ関係ねえよ さあ 踊ろうぜ

 号外!! 号外!!
 時ならぬ叫び 聞き慣れぬ言葉
 号外だよ!! 号外だよ!!

   在韓米軍 38度線越ゆ
     第2次朝鮮戦争か先般来、全土に広がっていた市民と治安当局の衝突は
     内乱の様相を呈し、米軍はこれを北の侵略と断定して、鎮圧行動を開始
     していたが、日本時間・・・

 唐突にミラーボールが消え スピーカーが沈黙した
 闇の中をざわめきが伝わる

     日米安保条約第5条によって、自動的に米軍と自衛隊の共同行動が要求
     され、事実上、日本の参戦が・・・・伝えられるところによると、東部方面自衛
     隊の一部は改憲を求めて実力を行使・・・・

 聞こえてくるぞ 聞こえてくるぞ
 地の底を呻くような
 見ろ
 あそこを疾走しているのは 三菱74式戦車だ
 日の丸を押し立てて
 白き夜明けの街を
 戦車が疾走しているではないか

 号外!! 号外!! 号外だよ!!
連作2  クーデターの時代
 クーデターの時代がやって来た
 偏見の嵐 特車の轍 タイトルバックは血だるまで メーンテーマはマーチにのって
 クーデターの時代がやって来た
 軍用列車が火花を散らし 雲を残してファントムが飛ぶ
 砂塵を巻き上げて 人々を蹴散らす戦慄のカーキ色
 しゃがれた声が精神注入棒を振りかざし
 スメラミコトのおんために 腰の据わらぬ新兵を脅かす
 繰り返し 繰り返し 声を挙げ 潰れていく赤ん坊
 愛とか未来とかの優しい言葉は踏みにじられて
 日の丸ばかりが翻る

 歓呼の声に送られて スメラミコトのおんために 青年たちが死ににゆく
 けたたましい思想を打ち鳴らし クーデターの時代がやって来た
 自由を報ずる勇気の人は 正義のゆえに囚われて
 神を信ずる信仰の人は 救いのない獄に繋がれた
 恋人たちの語らいも 硝煙の匂いが立ちこめて もはや言祝ぐこともありえない
 華々しく死んでゆくことが これが人の幸せなのか
 やるせない想いが突き上げて来る
 しかし
 口に出してはならぬ
 目深にかぶった軍帽の下 銃をいだいた憲兵たちが 人の心を探っている
 こうして クーデターの時代がやって来た

 慈愛にあふれたご真影に守られて 軍人勅諭の導きのもと
 飢えとと病いと狂気とともに クーデターの時代がやって来た
 奥歯を噛んでビンタに耐えているのは 昨日までのシティボーイやサーファーだ
 街を飾るギャルさえも 今日は東亜の慰安婦に
 友軍の姿も絶えて久しく また同胞は倒れ、散る
 一夜限りの契りの妻の 記憶もおぼろに 写真を胸に
 故国を想う暇もなしに またひとり みまかりゆける
 すべて スメラミコトのおんために
 なべて 八紘一宇のそのために

 助けてくれの叫びの声も 崩れる壁にかき消され
 みどりごを求める母親の腕も ナパームの雨に包まれた
 クーデターの時代がやって来て
 いつ変わりなく棄てられる運命に 羽毛の如くに果てて行く
 あどけなく頬笑む幼子さえが お国のためにと口にする
 アイドル歌手も徴用されて かつてのファンの慰問の旅路
 大工も看護婦も整備士も 学者も調理師もデザイナーも
 あらゆる才能は戦場に
 村々から若者が消え
 国中から夢が滅んでゆく
 そして 家々からは笑いが消えた

 聞こえるものは 呪いの言葉と欺瞞の怒声
 スメラミコトのおんために 斃れることが喜びだ
 君が代をがなり立て 軍靴の鋲を踏み鳴らし 平らけく平成の御代 昭和に続いて
 クーデターの時代がやって来た

 瓦礫の大地の至る所 数え切れない煙が上り 煙の数だけ人が泣く
 木枯らしが泣くように 冬の時代を泣いている
 平和を求める世界に向けて 時折り電波が訴える
 我らの声を聞く者よ 自由のために闘えと
 歴史の進歩に誓いを固め 拳を握ってふるわせる
 平和とファシズムの争いの中
 国土はひとつの牢獄に 社会はひとつの全体に 人の呻きは断頭台へ
 こうして クーデターの時代がやって来た
連作3  Kへ
 
 はるかに 海が見えるよ
 この季節には珍しく
 おだやかにうねっているよ
 白い波頭が
 まるで僕を手まねきしているよ
 いつか戯れた あの時のように
 お前の伸びやかな肢体
 命そのままに踊る髪
 太陽も顔を赤らめる熱い肌
 海も空も鳥たちも
 みんな二人を祝ってくれた

 K
 でも
 もう さようなら
 僕は勘違いしてたよ
 二人にとって
 明日は今日よりも幸せなんだって
 お前の笑顔は永遠に僕を見てるって

 K
 でも
 もう さようなら
 行かなくちゃならないよ
 ごめんよ
 お別れも言えないなんて
 ああ 風が出てきたよ
 雪になるかも知れない
 どんどん降って どんどん積って
 いっそ
 この世界の醜いものを
 みんな隠してくれるといいね

 K
 向こうの高梁の畑で戦闘が続いているよ
 僕の回りでは
 春を待ちかねて草々が歌ってるって言うのに
 また ひとり
 また ひとり
 若者は先を争って死んで行くよ
 だけど
 誰も叫ばないよ
 天皇陛下万歳なんて

 K
 こんな風に寝っ転がって
 お弁当を広げたことがあったっけ
 卵焼きを最後まで残しておいて
 大切そうに食べたら
 お前 笑ったね
 子どもみたいって
 お前だって
 唇の横にご飯粒をつけてたくせに
 僕がエアロビクスを習うって言った時も
 K
 お前 笑ったろう
 僕はお前がお茶の稽古に行く時だって
 笑ったりしなかったのに
 でも
 その笑顔が素敵だったんだ
 そんなお前が好きだったんだ

 お前の瞳も
 しなやかにマイクを握るお前の指も
 ちょっと小さめのその胸も
 今でもみんな思い出せるよ
 笑顔で歌うお前の姿
 そんなお前が好きだったんだ

 K
 でも
 もう さようなら
 雪が舞い始めて
 僕の体が冷えてゆくよ
 雲の向こうをB52が飛んでるようだ
 低いエンジンの唸りが聞こえてる
 噂じゃ
 そっちもひどいらしいね
 もう笑うゆとりもないかも知れない
 戦争が終わっても
 お前の笑顔を見ることができないかも知れないんだ
 そうなんだ
 お前の笑顔とさよならなんだ

 K
 僕は死ぬんだよ
 異国の地の涯(はて)で
 たった ひとり
 静かに誘いかける波の音と
 僕を目がけて舞い落ちて来る雪だけが友だちだ
 白い大地が僕の血を吸い取って
 猛烈に寒いよ
 僕の体は冷え過ぎて
 お前の笑顔を浮かべることも
 もうできなくなってしまった
 お前との思い出が消えてゆくよ
 みんな みんな消えてゆく
 いやだ
 こんなんじゃ だめだ
 K
 歌っておくれよ
 ビートのきいた子守り歌を
 お前のヴォーカルで
 昔の仲間を集めてロックをやろうよ
 僕がベースをやるからさ

 そうだ
 できない
 だめなんだ
 僕の左の指は動かないんだよ
 弾丸の破片にやられてね
 それに 右手だって
 ベースよりも小銃がお似合いになっちまったのさ
 ベースは もう弾けない

 K
 白くなって来たよ 僕の体
 まるでチョゴリを着たみたい
 よく見えないけど
 何百、何千という僕が
 チョゴリを着たみたいに転がってる
 こんな荒れた土地にも春は来るよね
 雪が融けて
 遅い春にはきっと赤い花が咲くよね
 それが目印だよ
 いつか
 38度線が消えた時
 いつか
 お前が海を越えてくる
 その時
 そっと 頬を寄せてほしい

 K
 お前の顔が見えないよ
 スポットを浴びたお前の笑顔
 拍手に応えるお前の笑顔
 客を酔わせるお前の笑顔
 その笑顔に
 その笑顔を
 その笑顔が・・・

 本当は生きて帰りたいんだ
 生きて帰って お前を抱きしめたい
 なのに
 どうしてこんな所でこんな風に
 僕のベースは小銃に変わってしまって
 たくさん
 とてもたくさんの命を奪ったんだ
 だから 帰れない
 だけど 帰りたい
 僕はステージが懐かしくってたまらないよ
 もう遅過ぎることはわかりきっていても
 それでも思わずにいられない
 もし
 もし戦争がなかったらって
 そしたら
 K


 K
 海を隔てた僕のK
 かけがえのない僕のK
 笑顔のロックンローラー 僕のK

 ごめんよ
 もう 逝かなくっちゃ
 波が呼んでるよ
 さようなら
 もっと生きていたかったけど
 でも
 もう さようなら
 僕のK
連作4  インディペンデント
 コンビーフを食いあきて 俺は煙草をふかしていた
 引きつった傷跡を撫でながら 赤ら顔の軍曹が笑う
 ジョーカーを引き当てて 今日はいい日になるそうな
 野卑な冗談を飛ばしては 一人で喜ぶ軍医少佐は マリファナ売りに忙しい
 英語の苦手な一兵卒が タイムを小脇に中尉の部屋をノックする
 煙草の煙が風に吹かれて散ってゆく
 それは
 その時 始まった

 抵抗できない大地の怒りにも似て
 家々の戸は開け放たれ
 おかみさんも 娘たちも
 老いたる人も 病める者さえも
 なだれをうって やって来る

 インディペンデント インディペンデント

 掲げられた国連旗が次々と倒されてゆく
 地から湧くように
 姿を消したはずのチョゴリが
 渦を巻いて揺れている
 小さな路地はあふれかえり
 つられて犬も駆け回る

 インディペンデント インディペンデント

 テレックスがカタカタ鳴り出し
 無線の波が飛び交っている
 通信士はマルコスを尊敬するフィリピン人
 興奮した時の癖で
 いつの間にかタガログ語で叫んでいる
 朝鮮語で怒鳴りだしたのは いつも陽気な金だ
 俺は煙草を投げ捨てて 銃を片手に階段を飛ぶ
 すでに中尉の声は射撃命令だ
 先頭の幾人かが斃れ
 新たな先頭がかばねを越える
 たちまちかばねの山が築かれて
 それでも恐れを忘れた者たちの
 足取りは信念に満ちて
 開かれた目は炎に燃えて
 手に手に太極旗を打ち振りながら

 インディペンデント インディペンデント

 学校の塀を越え
 機械の手を止めて
 畑の畝に鍬を捨て
 時を同じくして固めた決意の前に
 ねじれた腕や
 ちぎれた足が
 重ねられても 重ねられても
 たったひとつの言葉が響く

 インディペンデント インディペンデント

 武器なき人の群れは 大義なき軍隊を脅かす
 手にした小銃は火を噴かず
 ねじれた足や
 ちぎれた腕に目を奪われて
 死したる者の如くに青ざめる
 幾度も
 幾度も繰り返された民族の思い出が
 憤りに満ちてまた甦り
 凍りついた金の頬を一筋の涙が伝い落ち
 大地を揺さぶる同胞の呼び声に胸詰まらせて
 ともに魂を震わせる

 インディペンデント インディペンデント

 不意に国連軍が崩れ出す
 韓国軍の隊列が 国連軍を離れ去り
 数多くの金が戦いの庭を放棄する
 銃を捨て 兜を脱ぎ捨てて
 独立戦争ゆかりの家柄で
 それが自慢の中尉の顔は もはや勇気のかけらもない
 絞るように叫んだ止まれの声は 俺たちにさえ届かない
 引き金を引くことが
 存在の証しであるかのように
 小銃だけにしがみつく
 軍医少佐も飛び出して 手榴弾を引っつかむ
 倒れてゆくのはチョゴリの群ればかりではない
 標的を確認する余裕すらなく
 ただひたすらに 命を的に撃ちまくる

 インディペンデント インディペンデント

 修羅の嵐の中で
 ひっそり佇んでいるのはあの金だ
 諸手を挙げて歩み出し 兄弟の流れに身を投げる
 なおもしたたる涙のままに
 かつての戦友たちに立ちはだかって
 慈しむ如くに金の声

 インディペンデント インディペンデント

 俺の臓腑を抉るあの叫び
 歴史を揺るがす鬨の声
 あらゆる不正義を呑み込んで
 ひとつの時代を踏み越えてゆく

 インディペンデント インディペンデント

 約束の地よ 自由の時よ

 インディペンデント インディペンデント

連作5  燎原の火
 吹き渡る風にいくさのにおいはなく
 ただ一片の公報だけが悲しみを運んで来る
 常ならば
 コンバインの唸りは 喜びに震えているというのに
 なんと高ぶることのない穫り入れであることか
 野分のあとの草々は 力尽きて腰を折り 頭を垂れて喘いでいる
 あるいは涙を浮かべているのかも知れない
 空を舞う雀の群れは
 重く澱んだ空気を知って ついばむことさえ慮っている
 あの子の丹精込めた菊たちも
 主を悼む如くに咲いてはいるけれど みな 一様に伏している
 稲たちよ 菊たちよ
 胸を張っておくれ
 どうか明るく振る舞っておくれ
 たとえ尽きせぬ面影に 嘆く気力も失せたとしても
 込み上げて来る熱いものに 今にも弾けてしまいそうだから
 線香の煙が満ちる
 悲しみが満ちるように
 闃(げき)として声もないのに
 知らぬげに虫が鳴いている
 遙かな戦果を伝える軍政府放送が 聞く者なく流れ来る
 それをさえぎりながら
 時折り雑音まみれの電波が届く
 こちら・・・自由・・・放送局
 暗い表情がろうそくに照り映えて
 そこにあふれる滂沱の雫
 人の想いは それぞれに
 それぞれに辛く 哀しい

  あの娘はなぁ 小さい時から体が弱く
  それだけに可愛い娘じゃった
  三日にあげず熱を出して 医者の世話になってのぅ
  大人になったら看護婦さんになる
  口癖のように言いおって それが仇になったんじゃ
  従軍看護婦に徴用されて 嫁にも出してやれんで
  ・・・死なせてしもうた

 人の思いは それぞれに
 それぞれに辛く 哀しい
 地には夜露が降り 天には魂が昇る
 せめて
 黄泉の国には争いのないように 祈ることだけが手向けの花

  この子の父親は立派なジャーナリストでした
  ええ 胸を張って言います
  立派なジャーナリストでした
  核が使われたと聞いて朝鮮半島へ飛んで行ったんです
  社に無理を言って 笑顔で 大丈夫だよって
  でも
  それっきりでした

 淋しきことは多けれど 孤独にまさる淋しさはなく
 幼くして親なきを孤と言い 老いて子なきを独と言う
 亡くした子どもの悲しみを喜びとして受けねばならぬ悲しみは
 独父の胸を引き裂かん
 頬に一条の光を残し 噛みしめた唇がろうそくに揺れている

  わしの父親は前の戦争で
  飢えて 病んで 置き去りにされた
  働き者だった母親は
  B29の焼夷弾の雨に
  防空壕の中で蒸し焼きにされた
  そして 今 たった一人の息子まで
  一体わしらは
  どこまで奪い尽くされるんじゃろう
  わしにはもう何もない
  国のためじゃ
  お国のためじゃと言われて
  じゃが
  好んで死んだわけじゃねぇ
  国のために お国のためにと
  誰が殺した
  誰がわしの息子を
  ・・・知っとるぞ
  わしは知っとるぞ

 知っているぞ 知っているぞ
 企みも からくりも 舞台裏も 真実を知っているぞ
 もう偽らない
 もう振り返らない
 もう言いなりにはならない
 わたしには振り上げるべき腕がある
 わたしには踏みしめるべき足がある
 わたしには奮い起つべき心がある

 オウ オウ オウ オウ
 あれは大地の咆吼か
 オウ オウ オウ オウ
 あれは垂れ込めた雲の慟哭か
 一瞬の間を縫いながら 雑音まみれの電波が届く
 こちらは自由の意志放送局 我らの声を聞く者よ 自由のために闘えと

 涙の涸れることはないけれど
 一杯の安酒を 憂いの涙で割るのはやめた
 国土がひとつの牢獄ならば もはや怯えることもない
 吟遊詩人も飾りを捨てて ひとつの主題を追いかける
 殺すために働く軍需工場の 生きんがためのストライキ
 徴兵検査を拒否する医者たちや
 歴史を見据える教師たち 命を守る母親たちも
 睚(まなじり)を決した人々は
 目も耳も口も 閉ざすのはもうやめた
 アトリエでも港でも酒場でも軍隊の中でさえ 閉ざすのはもうやめた
 手遅れになる前に
 人が人であるために
 オウ オウ オウ オウ
 哀しみは憤怒に燃えて
 オウ オウ オウ オウ
 心は燎原の火と盛る
 手遅れになる前に
 人が人であるために
 オウ オウ オウ オウ
 おお
 雑音まみれの電波が訴える
 我らの声を聞く者よ 自由のために闘えと
 戦火の炎を越えて
 燎原の火よ 世界を駆けよ 人の心に炎を灯せ
 こちらは自由の意志放送局
 手遅れになる前に
 人が人であるために
 人が人であるために
 人が人であるために

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